漢方コラム
日本東洋医学会漢方専門医である武生診療所長による漢方コラムは、現在隔月更新中です。
◎まぼろしの黒焼 (情報誌「環境と健康」2025年1月号掲載)
黒焼は古来より民間療法で広く利用され、江戸時代には多くの黒焼屋がありました。明治になると西洋医学の導入により、科学的証明が困難な黒焼は、迷信やまじないのような存在になりました。
ところが第一次大戦時、赤痢やコレラへの効果が確認され、ドイツの大手製薬会社が黒焼を発売しました。ドイツ医学を採用し、ドイツの薬を崇拝していた日本では、黒焼への認識が大きく変わりました。黒焼は世界的な流行となり、日本の黒焼も復活しました。
しかし第二次大戦後、厚生省の黒焼の薬効を認めない方針により、医薬品として販売できなくなりました。黒焼はほとんど研究されることなく、衰退しました。
実際に黒焼の効果を知ると手放せないもので、梅干し、なす、昆布、玄米などの黒焼は、民間で根強く残っています。身近なものでは、木炭や竹炭も黒焼き製法で作られています。また民間療法では焦げも黒焼の一種で、昔の人はご飯の焦げは胸やけに効くと言って食べていました。
16世紀末の薬物書「本草綱目」には、非常に多く黒焼の記載があります。江戸時代の漢方医は黒焼を頻用していましたが、今では忘れられています。3種の黒焼を配合した伯州散は、化膿症や床ずれなどに対して、外科倒しと呼ばれるほどよく効いたようです。近年、伯州散の成分に、古くから伝えられてきた通りの薬理作用が見つかっていることには驚かされます。
ドイツでは今でも、黒焼(炭)は下痢の特効薬として販売されています。科学的に解明されていない過去のものにも、未知の宝がまだまだ眠っているように思います。
健康クリニックでは、日本東洋医学会 漢方専門医が漢方外来を実施しています。
女性にやさしい漢方 (情報誌「環境と健康」2024年11月号掲載)
女性は痛みに強いと思われていますが、実際は男性より痛みに敏感で、慢性痛も多く、鎮痛薬も効きにくいのです。
これまでは男女の病気にあまり違いがないと認識され、薬の治験は男性が主体でした。ところが近年、慢性痛をはじめさまざまな病気の発生機序や薬効が、男女でかなり異なることが分かってきました。
漢方外来は、現代医療で改善が難しい患者さんが多く、8割以上が女性であることが不思議でした。これは女性がかかりやすい病気の薬も、男性中心に治験が行われてきたことが原因かもしれません。またほとんどの医薬品の承認では、有効性や安全性の男女差を考慮していません。
女性に多い冷えは、体の機能を低下させ頭痛などさまざまな症状を引き起こします。しかし、現代医学には冷えの概念がなく、温める薬もありません。一方、漢方には温めながら不調を治す薬が多く、頭痛に呉茱萸湯(ゴシュユトウ)、胃腸症状に人参湯(ニンジントウ)などがあります。
漢方の古典である金匱要略(キンキヨウリャク)には、多くの婦人薬が収載されており、妊娠中や産後の薬もあります。妊娠中の諸症状には当帰芍薬散(トウキシャクヤクサン)、止血には芎帰膠艾湯(キュウキキョウガイトウ)があります。また、海外で一般的なつわりの薬は日本では未承認なので、小半夏加茯苓湯(ショウハンゲカブクリョウトウ)も頻用されています。重いつわりはグルタチオンが有効ですが、妊娠中に不足しやすいマグネシウムなどのミネラルの補充も大切です。
なかなか改善しない女性特有の諸症状は、漢方薬を試すといいかもしれません。
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過敏性腸症候群について(情報紙「環境と健康」2024年9月号掲載)
男性は下痢、女性は便秘が多いことはよく知られています。消化器の病気で最も多いのは、検査で異常がないのに便秘や下痢を繰り返す過敏性腸症候群です。
腸内にすむ多種多様な細菌や真菌などの微生物は、日々消化や吸収を助けてくれています。
腸内細菌の研究が盛んになるにつれ、それらの微生物がいろいろな病気に関わっていることが分かってきました。過敏性腸症候群もまた腸内細菌の乱れが誘因とされ、原因として合成抗菌薬・農薬・食品添加物・人工甘味料などが指摘されています。
抗生物質は細菌の増殖を抑えますが、今はあらゆる種類の細菌に強力に効く合成抗菌薬が多用されています。しかし合成抗菌薬は細菌だけに効くため、使用後に、抗菌薬の効かない真菌のカンジダや耐性細菌が異常に増えることがあります。
腸内細菌は種類が多いほど良く、善玉菌が優位であれば腸の健康が維持できます。善玉菌のエサはオリゴ糖や水溶性食物繊維です。発酵食品(味噌・塩麹・甘酒・納豆など)や梅肉エキスは、昔から胃腸に良いとされています。 また、冷水を控える、湯船につかる、腹巻をするなど、腸を温めることも大切です。
最近話題の酪酸菌は、昔から整腸剤として使われてきましたが、近年、腸を健全にする重要な働きが解明されています。酪酸菌はぬか漬けに含まれており、日本人は酪酸菌を持つ人が多いと言われています。
過敏性腸症候群に対して、漢方薬では、桂枝加芍薬湯(ケイシカシャクヤクトウ)がよく使われ、心理的な要因がある場合は、心と胃腸の両方に効く四逆散(シギャクサン)などがあります。原因や病態は人によりさまざまなので、しっかり診察して、一人一人に合った治療を考えていくことが大事です。
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腎結石が見つかったら(情報紙「環境と健康」2024年7月号掲載)
健診時の超音波検査で、腎結石が偶然見つかることがあります。結石が尿管に移ると激しく痛むことがあるため、その前に治したいものです。
尿路結石の患者数はこの50年で約3倍に急増していますが、原因究明はあまり進んでいません。効果的な治療薬もほとんどないため、昔からの民間薬のウラジロガシや、漢方薬では猪苓湯(ちょれいとう)や芍薬甘草湯(しゃくやくかんぞうとう)、大建中湯(だいけんちゅうとう)がよく処方されています。
結石の約90%は、シュウ酸やリン酸が、カルシウム(Ca)と結合したものです。原因といわれるシュウ酸が特に多いのは、ほうれん草です。昔のほうれん草は、シュウ酸の少ない東洋種でしたが、現在ではシュウ酸の多い西洋種との交配種になっています。
シュウ酸を含む食品は多いため控えるのは難しいですが、調理法や食べ方で除去できます。シュウ酸は、Caやマグネシウム(Mg)と結合すると腸から吸収されないので、にがり(塩化Mg)を加えてゆでる方法があります。また、食事に含まれるCaやMgでも防げますが、広島県の水はかなり硬度(CaとMgの量)の低い軟水であることは知っておきたいです。
結石予防の効果があるのはクエン酸とMgですが、海外ではクエン酸Mgのサプリメントが販売されています。食品から摂る場合は、クエン酸は梅干しや梅肉エキス・梅酢・レモン、Mgは海塩や海藻・ナッツ・にがりに含まれています。
最近の研究で、シュウ酸Ca結石患者は腸内でのシュウ酸分解菌の保有率が、低い傾向にあることが分かりました。尿路結石は再発しやすいですが、食事療法で再発率は大きく下がるので、食習慣の見直しが重要とされています。
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香りの効能(情報紙「環境と健康」2024年5月号掲載)
嗅覚は、五感の中でも普段あまり意識していない感覚だと思います。
最近になって、香りを認識する嗅覚受容体は約400種類もあり、嗅覚受容体遺伝子は、全ての遺伝情報の中で最も大きな集団であることが分かりました。また香りの情報は、第一脳神経である嗅神経を通って脳の中枢に瞬時に届けられます。体の仕組みを見ていくと、嗅覚は生体にとって非常に重要な機能に位置づけられていることが分かります。
漢方薬には、独特の香りがあります。構成生薬には精油を含む芳香性生薬が多く、消化促進作用や気を巡らせる作用などがあります。一般的な飲み薬は、効果を感じるまでに30分程度かかります。漢方薬の服用直後に効果が感じられる場合、香りの嗅神経を介した作用だと思われます。
漢方薬に配合された芳香性生薬の中で、身近なものとしては、薄荷(ハッカ)、生姜(ショウキョウ)、桂皮(ケイヒ・シナモン)、蘇葉(ソヨウ・しそ)、艾葉(ガイヨウ・よもぎ)、陳皮(チンピ・みかんの皮)などです。 また黒文字(クロモジ)は古くから民間療法や楊枝に使用されてきた香木ですが、精油に抗菌や抗炎症、鎮静など多様な効能が確認され注目されています。すぐに効果を感じられる香りの利用は、気分を変えたい時や眠れない時などに適しています。
近年、増加している化学物質過敏症の人は、嗅覚過敏になりやすく、強い合成香料に苦しまれています。匂いのある空間には、必ず何かの化学物質が漂っています。匂いの感じ方は人によって差が大きいので、周りに配慮しながら香りを生活にうまく取り入れたいです。
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生薬としての小麦(情報紙「環境と健康」2024年3月号掲載)
小麦は世界三大穀物の一つですが、漢方では心を安定させる生薬として、古くから利用されてきました。甘麦大棗湯(カンバクタイソウトウ)は小麦(ショウバク)と甘草、大棗の3つの食材を組み合わせただけですが、子どもの夜泣きや大人の興奮状態を改善します。小麦の表皮や胚芽にはファイトケミカルが豊富に含まれており、近年では老化や肥満を防ぐ成分が確認されています。
最近グルテンフリー食品をよく目にしますが、グルテンは小麦のタンパク質です。グルテンフリーは、グルテンで体調不良になる人に推奨されるグルテン除去食ですが、多くの健康な人にも広がっています。昔から食べてきた小麦が、急に体に良くない物になるのは不思議であり、現代人の体質だけでなく、現在の小麦の品質にも原因があると考えられています。
1960年代から世界の食糧危機回避のため、穀物が品種改良されました。この「緑の革命」により、小麦は大量生産が可能になりましたが、多くの化学肥料と農薬が必要になりました。またタンパク質やでんぷんの性質も変化して、昔とは違った性質の小麦になりました。世界各国で新品種の栽培が推進され、世界各地の在来種は衰退しました。
欧米では早くからグルテンアレルギーが問題となっており、アレルギー症状の出にくい在来種の小麦が見直されています。在来種は化学肥料や農薬をほとんど必要としないことをはじめ多くの利点があり、日本でも復活させる動きがあります。在来種は収穫量が少ないため価格は高くなりますが、良さを知った消費者が増え、栽培する農家が増えてきています。
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心は病を作り、治す(情報紙「環境と健康」2024年1月号掲載)
うれしいことがあると不快な症状が軽くなることは、誰でも経験したことがあると思います。ところが、西洋医学は心と体は別のモノという考え方で発展してきたため、現代医学では心と体のつながりを学びません。
それにもかかわらず、薬の効果の判定時には心理的な暗示により偽薬で症状が改善する人が約3割もいるとして、プラセボ効果を考慮しています。これはまさに心と体がつながっている証拠だと思います。
一方、漢方では心と体は強く影響し合うという心身一如(しんしんいちにょ)という考え方があります。漢方では、「気」という生命エネルギーのようなものが乱れることが病気と考えます。喜、怒、憂、思、悲、恐、驚という七情(しちじょう)は、気に影響を与え、怒ると気が逆上する、驚いて気が動転するなど、感情と気の関係は日本語の中にも残っています。感情が強すぎたり長く続いたりすると病気になるとしています。
現在、気は最先端の物理学である量子力学により解明が進められています。 気を解明していくと、科学の常識に反する部分があり、現代医学の常識を根底から覆す可能性もあるといわれています。
漢方薬は、人間の自然治癒力を高める手伝いをしているだけで、治しているのは患者さん自身だと思っています。時々患者さんから、話を聞いてもらったら気分が楽になって症状も軽くなった、と言われることがあります。
人間は、自分の心の持ち方を変えるだけで、「気」を整え、体調を回復させる力があると実感しています。
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腹痛や下痢に困っていませんか(情報紙「環境と健康」2023年11月号掲載)
腹痛や下痢の原因はもしかしたら乳糖不耐症かもしれません。子どもの頃は乳製品が大丈夫でも、成長とともに乳糖を消化できなくなるので、気付きにくいようです。世界の成人の約75%は乳糖不耐症であり、特にアジア人では90%以上と多く、病気ではないので近年では乳糖不耐といわれています。少量であれば腸内細菌が分解を助けてくれますが、乳糖を含んだ加工品は多いので、摂り過ぎないように気を付けたいです。
消化不良による腹痛は腸が過剰に動くためなので、お腹を温めてできるだけ食べないことが大切です。梅干しは胃腸に良いといわれていますが、下痢には梅干しの黒焼きがよく効きます。医療用漢方薬は便秘には効果的なのですが、下痢によく効くものは少ないため、一刻も早く止めたい時は市販薬が適しています。
生薬を配合した市販の止瀉薬(ししゃやく)は多く、特に有名なのは正露丸です。アセンヤクやゲンノショウコといった、医療用漢方薬には配合されていない古くからある止瀉薬が使われています。主成分のブナや松からとれる木クレオソートは、腸の過剰な動きや分泌を抑えるだけでなく、アニサキスの活動を抑制する効果もあります。近年アニサキス症の患者は増加しており、正露丸の効能に記載はないのですが、特効薬がないので期待されています。
現在、正露丸は多くの企業が独自の配合で製造しています。ロートエキス配合の製品は、服用後は乗り物の運転を避けるなど、さまざまな注意が必要とされています。包装が似ていても配合成分が違うこともあるので、症状や状況にあった製品をよく確認して選びたいです。
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捻挫や打撲は早く治せる(情報紙「環境と健康」2023年9月号掲載)
捻挫や打撲の直後はたいしたことはなくても、時間が経つと腫れや痛みが激しくなることがあります。進行を止めたくても西洋薬では難しく、普通は自然に治るのを待つしかありません。
漢方では外傷による腫れは瘀血(オケツ:血液がうっ滞した状態)と考え、駆瘀血剤(クオケツザイ)で瘀血を取り除いて腫れを鎮めますが、西洋薬には駆瘀血剤はありません。漢方では、瘀血は重要な要素なのでさまざまな駆瘀血剤があり、特に捻挫や打撲に使われるのは治打撲一方(ヂダボクイッポウ)です。
ほとんどの医療用漢方薬は中国発祥ですが、治打撲一方は日本の戦国時代の軍医の秘伝の薬を元に完成され、即効性があります。構成生薬の樸樕(ボクソク)と川骨(センコツ)は日本固有種で、他の漢方薬ではほぼ見かけませんが、大変優れた作用があります。骨折や古傷の痛み、最近では術後の腫れにも使われています。
また民間療法で捻挫や打撲によく効くのは里芋パスター(湿布)です。約100年前に発行され、累計発行部数2千万部を超える家庭医学書、通称「赤本」にも頻繁に登場します。この本で里芋パスターは「石塚式芋薬」と記載されており、食養の大家であり、医師で薬剤師でもあった石塚左玄が考案したようです。身近な食材で速やかに腫れや痛みが消えていくので、知っていると助かる手当てです。
治打撲一方と里芋パスターの一方だけでも十分な効果はありますが、両方とも行うことで体の内外から治癒を促すことができます。昔の漢方薬や手当てが今でも受け継がれているのは、人々が長い時間をかけて効果と安全性を実感してきた証だと思います。
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歴史から学ぶ農作物生産(情報紙「環境と健康」2023年7月号掲載)
この1年以上、さまざまな薬が入手困難な状態ですが、漢方薬も例外ではありません。1972年の日中国交正常化により安価な生薬が輸入され、日本の薬用植物栽培は、大きな打撃を受け衰退しました。今では生薬の約8割が中国からの輸入で、中国国内の需要増も漢方薬不足の一因のようです。
このようなことは明治時代にもありました。明治以降、薬も急速に西洋化され、漢方薬の入手が難しくなっていた頃に第一次世界大戦が起こりました。ドイツが敵性国になったため西洋薬の輸入が途絶え、薬市場は大混乱になったようです。
またお米にも問題が起こっています。かつて日本には「東の亀の尾、西の旭」と言われたほどのおいしい在来種のお米がありました。おいしさや育てやすさを求め品種改良を続けた結果、市場で流通するお米のほとんどがコシヒカリ系になりました。米アレルギーの原因はいくつかありますが、コシヒカリ系はアレルギーを起こしやすいことが分かってきました。
コシヒカリ系がだめでも、在来種であれば食べられることも多いのですが、在来種は化学肥料や農薬に弱く手間がかかり、今では大変希少なお米となっています。現在、世界的に化学肥料や農薬が高騰しており、そのほとんどを海外に頼る日本の農業は存続の危機に陥っています。その中でも自然栽培で在来種のお米を育てる農家は、輸入肥料や農薬を使用しないため影響は少ないようです。
これまでの歴史を振り返りつつ今回のことをきっかけに、農産物を国内で自給自足する仕組みづくりが進んでほしいと思います。
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不眠の原因を探そう(情報紙「環境と健康」2023年5月号掲載)
朝の光を浴びるとセロトニンが生成され始め、夜にはセロトニンから眠気を誘うメラトニンが作られます。「幸せホルモン」と呼ばれるセロトニンが不足すると、うつ状態になります。うつ症状があるとほとんどの場合不眠をともなうのは、メラトニンがセロトニンを原料として作られるためです。
加齢によりメラトニンの生成が減るため、眠りが浅くなっていきますが、生活習慣を少し変えることで、薬に頼らなくてもすむことがあります。セロトニンの原料は、必須アミノ酸のトリプトファンで、タンパク質を含む食品に含まれており、卵や大豆には特に豊富に含まれています。またマグネシウムはセロトニンやメラトニンの生成を助けるので、マグネシウムを摂取するだけで不眠が改善することもあります。
体には外界の環境や内部の変化に対して常に最適な状態を保つ機能があり、これを恒常性維持(ホメオスタシス)と呼んでいます。最近話題のCBD(カンナビジオール)は不眠にも効果があり、眠りは深くなりますが、反対に昼間の過度な眠気は軽減するという、生体の恒常性に働きかける優れた作用があるようです。
普段はよく眠れるのに、特別な行事を前に眠れないことはよくあります。こんなとき漢方では酸棗仁湯(サンソウニントウ)という頓服薬が処方されます。また柴胡加竜骨牡蠣湯(サイコカリュウコツボレイトウ)や加味逍遙散(カミショウヨウサン)などの精神症状に効果のある漢方薬で、不眠も治ることがあります。漢方の場合、別の症状に対して服用したら、不眠まで改善してしまうことが多いようです。
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摂り過ぎに気を付けて~自分にとっての中庸を~(情報紙「環境と健康」2023年3月号掲載)
世間には多くの健康情報があふれ、次々と登場する新しい健康食品を目にすると、何か摂らなければいけない気分になります。
健康のために水を多く飲むことが推奨されていますが、過剰摂取は水毒の危険性があります。漢方で水毒とは水が体内に偏在している状態で、めまいや頭痛、耳鳴り、胃腸機能の低下、心不全などの原因になります。水分補給は大事ですが、気温や湿度、活動量などにより、必要な量は変わるので、喉が渇いていなければ無理に飲まなくてよいのです。
食べ物が胃に入って排泄されるまでには、多くの栄養とエネルギーを使います。腸内には免疫細胞の70%が集まり、病原菌や有害物質の体内への侵入を防いでいます。体に良い物を全部摂ろうとして摂り過ぎると、腸の免疫機能をはじめ、全身の組織に負担をかけてしまいます。
漢方では、飲食物の停滞は病気の原因になると考えます。水毒の治療薬の五苓散(ゴレイサン)は、各組織の水の偏りを調整し、水分過多では尿量を増やし、脱水では尿量を減らす優れた作用があります。また五苓散は二日酔いの漢方薬として有名ですが、二日酔いにはグルタチオンも重要です。グルタチオンは全身の細胞にあり、解毒や活性酸素除去の働きをしています。現代人は食べ過ぎや他のさまざまな要因で活性酸素が過剰になり、グルタチオンも枯渇しやすくなっています。
漢方には中庸という考え方があり、多過ぎず少な過ぎず、ほどほどが良いとされています。健康のために、薬や飲食物を足し算で考えがちですが、時には引き算で見直すことも必要かもしれません。
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見直される東洋思想(情報紙「環境と健康」2023年1月号掲載)
約200年前より世界中で西洋化が推し進められ、物質と便利さは大きく進歩しました。しかし一方では、自然破壊や環境汚染などの問題が発生し、根本的な解決策を求めて東洋思想が見直されています。
西洋と東洋では自然観が異なり、西洋では「自然は支配する対象」ですが、東洋では「人は自然の一部」と捉えます。漢方は東洋の自然観から発展した医学なので、自然を破壊し、水や土を汚せば、人も病気になると考えています。
日本では縄文時代より麻が栽培され、衣食住のあらゆる場面で活用されてきました。麻はどんな気候でも短期間で成長し、農薬を必要とせず、さらに土を浄化してくれます。また神聖な植物として、神事や伝統文化においても重要な存在でした。麻は、人が自然と共生するために欠かせない植物であり、戦前は日本全国どこにでも自生していました。
しかし、戦後に栽培が禁止され、今では大麻(たいま)と呼ばれ、怖い違法薬物になってしまいました。実は大麻には産業用と薬用があり、日本の大麻は薬用成分の少ない産業用でした。近年、この産業用大麻は材料としての価値と環境改善効果が世界的に認識され、各国は栽培面積を広げています。
薬用大麻の方も、顕著な効果と安全性が認められ、海外では現代医療で治療が難しい疾患に効果を上げています。大麻の薬用成分のCBD(カンナビジオール)は、ストレス緩和や抗酸化作用があるとして日本でも解禁され、大麻に対する印象も変わりつつあります。
世界的な流れもあり、日本でも、産業用と薬用を分けた上で、今後どう扱うべきか、考える時が来ているようです。
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ファイトケミカル~食事で体を健康に~(情報紙「環境と健康」2022年11月号掲載)
昔から植物の成分は薬として使用されてきましたが、最近ではファイトケミカル(植物性化学物質)と呼ばれ、脚光を浴びています。ファイトケミカルとは、植物が紫外線や虫、真菌(カビ)、細菌、ウイルスなどから身を守るために生産する物質です。人間の体にとって大変良い成分であることが分かってきたため、たんぱく質、炭水化物、脂質、ビタミン、ミネラル、食物繊維の6大栄養素に次ぐ第7の栄養素とも言われます。
現在、すでに発見されているだけでも数万種あると言われています。抗酸化物質として知られるポリフェノールもファイトケミカルの一種で、約8千種も存在するそうです。抗酸化作用や抗菌作用、抗がん作用、免疫調整作用などがあり、医学的にも注目されています。
一つの野菜や果物には、数十から数百種のファイトケミカルが含まれており、色素や香り、苦み、辛みの成分です。しかし、葉や茎、皮、根、種などの捨てられる部分に多いため、おいしさや見た目を追求し過ぎると不足してしまいます。
明治時代の食養(食事で体を健康にすること)の大家である石塚左玄は、「食べ物は全体を食べることでバランスよく栄養が取れる」という一物全体の考え方を説きました。これはファイトケミカル摂取の観点からも、非常に理にかなっています。
漢方を構成する生薬は根や茎、皮、葉、種などの苦くて食べられない部分ばかりを使っており、ファイトケミカルが豊富に含まれています。一つの漢方薬にさまざまな効果があるのは、多様なファイトケミカルの相互作用によるものと考えられます。
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薬食同源(マグネシウムについて)(情報紙「環境と健康」2022年9月号掲載)
こむら返りに即効性のある漢方薬として、芍薬甘草湯(シャクヤクカンゾウトウ)はよく知られていますが、常備薬として手放せないという話も聞きます。こむら返りの原因はいろいろありますが、あまり知られていないのがマグネシウム不足です。この数十年で野菜のミネラルは激減し、精製された米や塩、砂糖はミネラルが取り除かれています。その中でもマグネシウムは体にとって最も大切なミネラルにもかかわらず、見過ごされてきており、多くの人が慢性的に不足しています。
近年マグネシウムの機能が次々と解明され、エネルギー産生、酵素反応、神経伝達、ミネラル調整、DNAやRNAの合成など、生命の維持に大変重要な役割をしていることが分かってきました。不足すると、こむら返りをはじめ、片頭痛、うつ症状、不整脈、アトピー性皮膚炎、便秘など、さまざまな症状が表れます。
漢方では薬食同源という考え方のもと、食事指導にも力を入れており、薬に頼らなくても健康を維持できる状態を目指しています。マグネシウム不足に特有の症状が多い場合、まずは食事の中でマグネシウムを補うことをおすすめしています。
マグネシウムが豊富な食品は、海藻や豆、ナッツ、海塩、にがり(塩化マグネシウム)などです。ただし、マグネシウムは下剤効果があるため、高濃度のにがりは摂りすぎないようにしたいです。また経口よりも経皮の方が吸収しやすいので、にがりを入浴剤として使う方法もあります。他のミネラルを過剰摂取すると吸収が阻害されるので、さまざまなミネラルをバランスよく摂取することが大切です。
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自然治癒力と漢方(情報紙「環境と健康」2022年7月号掲載)
体調が悪い時に、どの科にかかればよいのか、迷うことはありませんか。
漢方外来に来られる患者さんから、複数の診療科を渡り歩いたという話をよくお聞きします。西洋医学は病気の原因を臓器や疾病単位で細かく分類する方向に進んでおり、診療科の種類も増えています。分担制が進むことで専門分野以外の疾患には対応できなくなっており、患者さんの全体像を捉えることが難しくなっています。そこで複数の疾患を持つ場合や、原因が判別しにくい場合の受け皿として総合診療科が作られるなど、人間中心の医療を取り戻す動きが出てきています。
人間に備わっている自然治癒力は、不思議なくらいよくできています。痛み、発熱、下痢などの不快な反応も、体が損傷を治している合図です。ふつうは、この反応を悪いものだと思って、すぐに薬などで止めたくなるものです。西洋医学には自然治癒力に働きかけて治すという発想はなく、西洋薬は病気の部分だけに照準を当て、症状を抑えることに重点を置いています。しかし、一時的に症状は治まったとしても、逆に治りが遅くなることがありますし、体全体の調和が乱れて新たな不調を作ってしまうこともあります。漢方の優れている点は、人の全体像を把握しながら、自然治癒力を引き出して治すという考え方だと思います。
自然治癒力は、いつも生体を最も良い状態に調整してくれており、体調を崩した時には勝手に治してくれます。このような驚くべき力を持っていることを、日頃から感謝し、体の声をよく聴いてあげるようにしたいですね。
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病名のいらない漢方(情報紙「環境と健康」2022年5月号掲載)
漢方の基本的な治療方針は、すでに約二千年前には確立されていましたが、いまだに世界では普及していません。一方、近代西洋医学は、歴史的には数百年と短いですが、世界中に広まっています。この違いはなぜなのでしょうか。
それは、西洋医学の診断基準は明確であり、比較的容易に病名を付けられることも理由の一つだと思います。西洋医学では、全ての人が同じ体質という考えのもと、基準値から外れた検査項目を異常と判定します。そのため、症状がなくても検査値の異常があれば、病名がつけられ治療を受けることになります。また逆につらい症状があっても検査値が正常で原因がわからなければ、治療はできません。
漢方の最古の処方集である傷寒論(ショウカンロン)は、症状の組み合わせから治療薬を導き出します。よって漢方では症状がない患者さんを治療することはありませんし、原因がわからなくても治療できます。また漢方では、診断の頼みの綱の検査を基本的には行わず、大学で学んだ西洋医学の知識はあまり役に立ちません。患者さん一人として同じ状態の人はいませんし、検査による客観的な情報がない中で、状態を正確に捉えることは難しいものになります。しかし、何気なくもらした一言から、すんなり処方が決まることもあります。
再診日は試験の答案を待つような気分なのですが、よく効いて感謝されたときは本当にうれしいものです。漢方の勉強を始めて20年以上になりますが、より経験を積んで診察技術を高めていきたいと感じています。日々、患者さんに勉強させていただくという気持ちで診療しております。
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減塩に注意(情報紙「環境と健康」2022年3月号掲載)
高血圧症は塩を控えたほうが良いと言われますが、これは本当でしょうか。
塩には精製塩と自然塩がありますが、注意すべきなのは精製塩の方です。精製塩とは、成分がほぼ塩化ナトリウムだけの塩で、ナトリウムが血圧を上げる原因です。一方、自然塩は血圧を下げるカリウムなどのミネラルを豊富に含んでおり、血圧のバランスをとってくれます。たとえ自然塩を少し取りすぎても、体には排泄する機能が備わっているので心配はありません。
では、どうして精製塩というものがあるのでしょうか。1905年から塩専売法により塩は国によって管理されてきましたが、1949年には安価な塩の安定的な流通を目的に、日本専売公社が設立されました。1971年には工業用地確保のため塩田が強制的に廃止されたうえ、輸入や民間による製造までも禁止されました。それ以降は、日本で流通する塩はイオン交換膜法で作られた精製塩だけになってしまいました。しかし、ミネラルの重要性を訴える人々が、塩田での製塩の復活を国に求め続け、1997年にようやく専売法が廃止されました。今では日本各地で自然塩が作られていますが、日本で消費される塩の80%は精製塩です。
生命維持に最も必要なものは塩です。塩の取りすぎは体に良くないというイメージから、塩不足になっている人が見受けられます。塩が不足すると足がつったり、低血圧や頭痛などのさまざまな症状が出て、元気もなくなります。このような方に対しては塩を補えば改善するので、漢方の出番はなくなります。塩も商品によってミネラルの含有量は大きく違うので、ご自分の体調に合った塩を選んで、適切な量を取っていただきたいです。
健康クリニックでは、日本東洋医学会 漢方専門医が漢方外来を実施しています。
自分の体は自分で守ろう(情報紙「環境と健康」2022年1月号掲載)
漢方で「未病を治す」という言葉がありますが、これは軽いうちに異常を見つけて病気を予防するという考え方です。一般的に病気は日々の生活の積み重ねが原因となるため、その点から健康診断は生活習慣を見直すよいきっかけになると考えています。
特に気を付けたい状態は肥満で、さまざまな血液検査値を悪化させます。減量というとかなり?せる必要があると考えがちですが、たった3kgの減量で肝機能や脂質の値が正常になる人もいます。前年より検査結果が改善している場合は、糖質制限や運動など、自分で何らかの健康維持法を心がけている方が多いようです。
また漢方では「冷えは万病のもと」と考えますが、検査では異常なしでも、冷えからくる症状に悩まされる場合もよくあります。そういう場合には、冷たい飲食物は控える、お腹と背中を温める、湯船につかる、運動で筋肉をつけて血行をよくすることなどを指導しています。温める生活に変えるだけで、多くの不定愁訴(ふていしゅうそ)が改善する人もいます。
もし健康診断で異常が見つかったとしても、薬物治療は最終手段だと思っています。基本的には、できるだけ普段の生活の中で改善していく方が、体にとっても望ましいはずです。
またどうしても治療が必要となった時、西洋薬での治療が難しい場合は、漢方外来の受診を提案しています。漢方ではまず体質を見極める必要があるのですが、短時間の診察では限度があり、そのためあらかじめ問診で多くの質問に答えてもらいます。この問診で診断は大きく変わるので、漢方外来を受診する準備としても、自分の体調を日頃からよく観察しておく習慣は大切だと思います。
健康クリニックでは、日本東洋医学会 漢方専門医が漢方外来を実施しています。
置き薬と漢方(情報紙「環境と健康」2021年11月号掲載)
この夏の第5波のなか、一部の地域では、新型コロナウイルスに感染してもすぐには診察や治療を受けられず、多くの人が不安を感じながら自宅で過ごされたと思います。こういう時にすぐに飲める薬が手元にあればどんなに心強いでしょうか。
日本には、置き薬という独自の医薬品販売の形態があります。これは、あらかじめ消費者に薬を預け、次回の訪問で服用した薬の代金だけを受け取るというものです。この歴史は1690年、富山藩主が江戸城で手持ちの薬により福島藩主の腹痛を治し、それを見た諸国の藩主が全国に売り広めるよう依頼したことが発祥とされています。
19世紀になり世界的に西洋科学の優位性が唱えられ、石油化学由来の合成薬が主流となり、植物由来の生薬が衰退していきました。漢方を基本とした置き薬もこの影響を受け、明治以降は苦難の連続でした。現在、置き薬は正式には配置販売業と呼ばれ、西洋薬には代えられない優れた製品も多く、種類は約5,000品目あります。
感染症は特に早期治療が大切なので、いざという時のために薬を常備しておくと安心です。悪寒や発熱を伴うウイルス性の風邪には、予防に補中益気湯(ホチュウエッキトウ)、早期には子どもに麻黄湯(マオウトウ)、大人に葛根湯(カッコントウ)が適しています。残念ながら、保険診療では症状がなければ薬の処方はできませんが、自由診療の医院や、薬局などで手に入れることが出来ます。新型コロナ対策として個人輸入が急増しているイベルメクチンは、安全性が高いとされ、薬局で購入できる国も多いですが、用法用量の確認は必要です。コロナ禍は、江戸時代から続く置き薬のよさを見直すよい機会なのかもしれません。
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漢方の歴史(情報紙「環境と健康」2021年9月号掲載)
漢方は、古来より続く日本の伝統医学です。今では約9割の医師が漢方薬の使用経験がありますが、実は一時は絶滅しかけていたのをご存じでしょうか。
漢方は、5世紀ごろ日本に伝わった中国医学をもとに、日本人の体質や気候に合わせて日本独自の発展をとげてきました。「漢方」という言葉は江戸時代後期に入ってきたオランダ医学「蘭学(らんがく)」に対する呼び方として使われるようになりました。明治時代に入ると、西欧化により西洋医学を学んだ者だけが医師免許をとれることになりました。この漢方排除に対し、漢方医の存続運動が起こりましたが願いはかなわず、漢方は衰退していきました。しかしその後もごく一部の人によって民間レベルで漢方は生き続けていました。1960年代に入り、相次ぐ薬害や公害病の発生による西洋科学への不信感もあり、西洋薬一辺倒の懸念が高まっていきました。漢方の復興への理解者も得られ、1976年以降多くの漢方エキス薬が薬価収載され、現在148処方が保険適用で処方できるようになりました。そして2001年には、医学教育に和漢薬の知識が必修となるまでに復活しました。
漢方と西洋医学では診断と治療の考え方が全く違うので、西洋医学では治せない病気でも漢方で容易に解決できることがあります。本来なら、漢方薬を処方するには漢方の教育が必要ですが、大学では学んでいないため、ほとんどの医師が独学です。ただ、最近は大学で漢方に触れる機会があり興味を持つ若い人が増えています。自分の専門分野だけでもいいので、漢方を勉強する医師が増えることを願っています。
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イベルメクチンと漢方(情報紙「環境と健康」2021年7月号掲載)
新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の治療薬として、イベルメクチンが注目されています。イベルメクチンは、静岡県のゴルフ場の土壌の細菌をもとに開発され、初めは動物用駆虫薬でした。1987年からは熱帯地方の住民に無償で配布され、熱帯病撲滅への貢献により、開発者の大村智博士はノーベル生理学・医学賞を受賞されました。近年では、インフルエンザ、HIV、狂犬病などさまざまなウイルスの増殖を抑制することが報告されており、現在COVID-19に対する医師主導型治験も進行中です。
薬の研究開発には2通りあり、実験室で作った化合物と、自然の生物から探す方法です。イベルメクチン、漢方ともに後者であり、分かっていないこともありますが、年月を経ても新しい発見があることは、自然由来の物質の魅力です。イベルメクチンは長い間多くの人に使用され、安全性も確立されており、この点でも漢方と近いものを感じます。しかし日本の薬の値段は一般に、新薬は高く、古い薬は年々引き下げられていきます。古くからある安全で優れた薬が、採算の問題で製造中止になることや適応追加をあきらめることは、大変残念なことです。
現在ワクチンの接種が始まっていますが、日本で承認されているのはm-RNAとウイルスベクターという新しいタイプのものになります。従来の不活化ワクチンより副反応が強く、長期的な体への影響も未知のため、不安の声も聞かれます。各個人の事情も違いますので、効果と副反応のバランスを考えて接種の判断をすればよいと思います。また接種後も感染のリスクはあるため、感染予防対策は変わらず必要となります。
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ストレスと漢方(情報紙「環境と健康」2021年5月号掲載)
みなさんは、のどの違和感が気になるとき、どの科を受診しますか。おそらく、耳鼻咽喉科を受診するのではないでしょうか。しかし、検査しても異常がなければ、問題はないと診断され「気のせい」だということで終わりになります。
漢方では、のどにものがひっかかった感じや胸のつかえた感じを、ストレスからくる症状の特徴と考えます。
ストレスとは、環境の急激な変化により心身に過剰な負担がかかった状態で、長期間続くと、不眠、食欲低下、イライラ、全身倦怠感などの身体の不調を感じるようになってきます。ストレスは万病の元と考えられており、早くこの状態を改善することが大切です。
また、ストレスは自分ではなかなか気づきにくいものですが、日本では2015年から事業所を対象に問診表を使ったストレスチェックが年1回義務化されました。私は産業医として高ストレス者に面談することがありますが、ほとんどは対人関係のストレスが原因でした。
対人関係のストレスに対しては、職場の配置換えや、自分の考え方について周囲からアドバイスを受けてみることが有効な場合があります。
このような症状によく使われるのが、半夏厚朴湯(ハンゲコウボクトウ)です。この薬は、ストレスによる食道や胃の緊張をゆるめて、のどや胸の症状を改善するだけでなく、不安を和らげる作用もあります。他にも精神症状に効果がある漢方薬として、気分をよくする香蘇散(コウソサン)や、イライラや動悸を鎮め、不眠を改善する柴胡加竜骨牡蛎湯(サイコカリュウコツボレイトウ)などがあります。
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慢性疲労症候群と漢方(情報紙「環境と健康」2021年3月号掲載)
新型コロナウイルスに感染後、後遺症により以前の生活を取り戻せていない人が多くいることがわかってきました。症状としては嗅覚障害や息切れ、そして慢性疲労症候群と思われる症状も多く報告されています。慢性疲労症候群とは1988年に米国疾病対策センターにより提唱された比較的新しい疾病です。
慢性疲労症候群という名前からは、慢性的な疲れならよくあると考えがちですが、この疾病は一般的な疲労とは違って、身体を動かせないほどの強い全身倦怠(けんたい)感が長期間続きます。
疲労感に加えて、微熱、頭痛、筋肉痛、のどの痛み、不眠、抑うつなどの症状が数カ月続く場合、慢性疲労症候群の可能性があります。この疾病についてはまだ誤解も多く、「気のせい」や「怠けている」と思われ多くの患者さんを苦しめています。
原因はわかっていませんがウイルスなど様々な感染症が関わっている可能性があります。また、現時点では有効な治療法が確立されていないので症状を和らげるために多様な薬や代替療法が試みられています。
漢方では補中益気湯(ホチュウエッキトウ)、十全大補湯(ジュウゼンタイホトウ)、六君子湯(リックンシトウ)などで症状がある程度緩和されるようです。
この疾病に対して注意すべき点は、倦怠感がある時に無理に身体を動かすと症状が悪化する場合があることです。また、短期間での完治は難しいため、調子が良くなったからと言って早めに復職するなど無理をすると症状が戻ってしまう場合があります。専門医による治療を続け、あせらずに改善を図っていくことが大切と考えられています。
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下痢の種類と漢方(情報紙「環境と健康」2021年1月号掲載)
下痢には急性と慢性があります。
急性の下痢の多くはウイルスや細菌が原因です。ウイルス性ではノロウイルスが最も多く、細菌性ではカンピロバクターが半数以上といわれています。
ノロウイルスは冬に増加し、潜伏期間は1~2日で吐気やおうとを伴います。カキなどの生の二枚貝や感染した人の手を介して少量(10~100個のウイルス)でも感染します。
カンピロバクターは潜伏期間が2~5日で、下痢になる前に発熱が先行することがあり、インフルエンザと間違えられることがあります。
感染の原因は主に生の鶏肉ですが、焼き鳥などでは肉と肉の間の加熱が不十分な場合にも感染します。これらの予防としては食品の十分な加熱と手洗いや調理器具の消毒が大事です。一方、新型コロナウイルスでも下痢の症状が出る場合がありますが、感染経路は主に感染者の咳や会話により生じる空気中のひまつを吸い込むことです。潜伏期間は平均5日なので、数日前にマスクなしで会話していないか思い出す必要があります。このウイルスの最も効果的な感染対策は話す時は必ずマスクをつけることです。
慢性の下痢では冷えが原因のことがあります。西洋薬では、主に腸の蠕動運動(ぜんどううんどう)を抑えることで下痢を止めますが、冷えを治す薬はありません。
漢方薬には体を温める生薬(乾姜;カンキョウ、附子;ブシなど)があります。処方例では人参湯(ニンジントウ)や真武湯(シンブトウ)など薬局でも購入できます。また消化管からの水分を吸収する薬や、下痢時の胃腸のけいれんによる痛みを和らげる薬もあります。慢性の下痢でお悩みの方はご相談ください。
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風邪の発熱と漢方(情報紙「環境と健康」2020年11月号掲載)
新型コロナウイルスの流行をきっかけに、毎日体温を測るようになった方は多いと思います。体温は早朝に低く夕方にかけて高くなり、子どもは高く高齢者は低い傾向にあるなど、時間帯によりまた人によっても差があります。そのため体調の変化は、一定の数値を基準とするのではなく自分の平熱との差で判断した方がよいでしょう。
ところで風邪をひくとなぜ発熱するのでしょうか。これは体温が上がると免疫機能が強化されるからです。しかし市販の感冒薬にはふつう解熱鎮痛薬が入っています。これはせっかく上げた熱を無理やり下げることになり、風邪を治す目的からすると逆効果になります。
漢方では寒気がする風邪の初期は体を温める薬(葛根湯:カッコントウ、小青竜湯:ショウセイリュウトウ、麻黄附子細辛湯:マオウブシサイシントウなど)を処方し、体の免疫機能をさらに高めます。市販の感冒薬で気分が悪くなる場合や、配合されたカフェインで眠れない場合は、漢方を試してみることをお勧めします。
ただし、頭痛・筋肉痛などのつらい症状がある時や、高熱時には解熱鎮痛薬が必要になることがあります。特に乳幼児の熱性けいれんには要注意です。熱を下げたい場合、まず体の外側を冷やし、それでも38.5℃以上の熱がある時は薬を飲めばよいと思います。
また発熱時の水分補給はとても大事です。熱中症予防には水分補給といわれますが、風邪の熱がなかなか下がらない時も、水分補給ですぐに解熱することは意外とよくあります。なお解熱後は体が消耗しており無理をするとぶり返すことがあるので、しばらくは休むようにしましょう。
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夏バテ防止と漢方(情報紙「環境と健康」2020年9月号掲載)
夏になると、毎年多くの方が熱中症で救急搬送されています。猛暑であった昨年8月は、全国で3万6千755人が搬送され、そのうち78人が亡くなりました。また、昨年は9月に入っても9千532人と、一昨年同月の3倍以上の方が搬送されました。
熱中症は、高温、多湿、風通しの悪さにより起こりやすくなります。その対策としては、温度だけでなく、湿度や風通しにも注意する必要があります。
また、新型コロナウイルス対策のマスクは、夏に屋外で着用すると、熱が頭部にこもり、熱中症のリスクが高まります。マスク着用は他人への感染を防ぐためですので、周りに人がいない屋外で着用する必要はありません。しかし、屋内で他人と接触する場合は、他人に感染させないためにもぜひマスクを着用してください。
夏バテは、暑さのために、冷たいものや水分を取りすぎることで、胃腸の消化吸収力が弱って起こります。下痢や脱水を起こして疲れやだるさが続き、熱中症をおこしやすい危険な状態になります。予防には、冷たい飲食物をとりすぎないようにして、塩分やビタミンB1を多く含む食品(豚肉、キノコ、大豆など)を適度に取ることが重要です。
夏バテを防ぐ漢方薬には、清暑益気湯(せいしょえっきとう)があります。この処方には、①消化機能を改善する作用②発汗を抑えて血中の水分を保つことで脱水を防ぐ作用③暑さによる熱を冷ます作用があります。エキス剤として医療機関での処方ができますので、特に胃腸の弱い方や高齢者は夏場の服用をおすすめします。
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新型コロナウイルスと漢方(情報紙「環境と健康」2020年7月号掲載)
新型コロナウイルスが世界中で猛威を振るっています。最も効果的なのはワクチンですが、まだ完成には時間がかかりそうです。今のところ、もし新型コロナに感染しても、重症化していなければ解熱剤が処方されるだけで自宅療養するしかありません。本来ならばウイルス感染症の治療は早い程いいのですが、現在の治療方針では早期治療は難しく、手遅れになったケースも多く見受けられます。理由としては、一般の風邪との区別が難しいうえ、一部の方は急変することなどがあります。 また多くの方は自己の免疫力で回復するため、重大な副作用のあるアビガンを初期に安易に使用してもよいのかというジレンマもあり、早急な治療を難しくしています。
このように西洋医学で考えると初期の段階ではほぼ無防備な状態で戦っているのですが、東洋医学の考え方で立ち向かえばまだ数々の手立てがあります。これは病気になりにくい体を作り、病気になった場合は体が本来持っている免疫機能を活性化させるという考え方です。東洋医学ではこれを最大限に引き出すため、まずは日常の生活習慣を重視しています。免疫力を下げる要因としては、喫煙、飲酒、暴飲暴食、体を冷やすなどがあり、できる限り控えることが大切です。
また、漢方薬には、新型コロナウイルスそのものを除去する力はありませんが、免疫機能を調整して自然治癒力を高めたり、高熱や咳を和らげる効果があり、当クリニックでも処方できます。
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漢方薬の入手方法について(情報紙「環境と健康」2020年5月号掲載)

漢方は、西洋医学よりもはるかに長い歴史があるにもかかわらず、独特の考え方や診断方法のため、学問として普及しにくいものとされています。しかし、一度その効果を体験すると、その奥深さに魅了される医学でもあります。このコーナーでは、漢方に関するいろいろな情報を、できるだけわかりやすくお伝えしていきたいと考えております。
漢方薬は、本来は生薬を煎じたものを服用しますが、近年では生薬を煎じたエキスを濃縮、乾燥させたエキス剤が広く普及しています。
病院で入手できる漢方薬は、保険診療で処方されるエキス剤がほとんどです。保険診療の場合、個人の負担は最も安く済みます。しかし、漢方に詳しくない先生がなんとなく処方するケースもあり、効果がはっきりしないまま長期間服用する場合もあるようです。また、保険が利くエキス剤が限られているという問題もあります。
一方、少数ですが、自費診療で煎じ薬やエキス剤をよりきめ細かく処方している病院もあります。漢方を自費診療で処方されている先生方は、漢方に関する経験や知識が豊富であり、より安心感をもって受診できますが、その分個人負担は大きくなります。
当クリニックでは、現在保険診療のエキス剤のみを処方しておりますが、漢方外来に来られた方には十分にお話を伺った上で、その方の体質にあった処方を心がけております。また、エキス剤での効果が不十分な場合、希望される方には自費診療での治療をされている先生への紹介もしておりますのでご相談ください。
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インフルエンザと漢方(2020年2月掲載)

2020年に入り、新型コロナウィルスによる感染症が大きな問題となっていますが、この季節はインフルエンザも流行するシーズンです。
最近ではタミフルなどの抗インフルエンザ薬が普及していますが、大昔にも抗インフルエンザ薬があったのをご存じでしょうか。
紀元2~3世紀ごろに中国で編集された『傷寒論(しょうかんろん)』という古典があります。『傷寒』とは、急に高熱がでる病気のことで、インフルエンザも含まれるそうです。
『傷寒論』には傷寒に対する様々な処方が記載されています。その中に麻黄湯(まおうとう)という処方があります。麻黄湯はタミフルと同等の効果報告があるうえに、乳幼児も服薬可能な漢方薬です。
ただし、すべての人に同様な効果が出るわけではありません。特に効果が期待できる人は、比較的体力のある若年者で、高熱が出たにもかかわらず汗が出ない状態の人です。逆に胃腸が弱い方や体力がなくて風邪をひきやすい方には合わないことがあります。
なお、主成分の麻黄には、交感神経刺激作用があり、ドーピング物質にも該当していますので、循環器系の持病がある方や競技会時のスポーツ選手は使用を控えてください。
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西洋薬と漢方薬の違い~(ワイエムビジネスレポート2019.7月号執筆分から抜粋引用)

西洋薬は、人工的に合成された単一の成分から出来ています。そのため薬の切れ味は鋭いですが、効果は限られています。たとえば、胃薬として作られた薬は痛み止めにはなりませんし、痛み止めとして作られた薬は胃薬にはなりません。
しかし、漢方薬は複数の生薬(しょうやく)の組み合わせから成り立っています。生薬とは、自然界にある植物や動物、鉱物のうち、薬として効果があると経験的に認められたものです。それぞれの生薬には複数の有効成分が含まれています。そのため一種類の薬でさまざまな効果があります。
例えば、ふだんから胃腸が弱い人が、かぜをひいて、微熱、軽度の頭痛、のどの痛み、咳、痰、吐気などがある場合に西洋薬を処方する場合は、「解熱鎮痛薬」「咳止め薬」「痰のキレをよくする薬」「吐気止めの薬」「胃薬」など、たくさん処方することになります。しかし、漢方薬の場合は、参蘇飲(じんそいん)という一種類の薬で、それらの症状のすべてに対応できます。しかもこの薬は妊婦さんのかぜにも使用できます。
漢方薬は、昔は煎じ薬として飲まれていましたが、近年ではエキス剤として手軽に服用できるようになったものも多くあります。この薬もエキス剤として保険診療で処方ができます。
また、漢方薬には自然治癒力を高め、むくみや冷え症などの体質を改善するものもあります。これは西洋薬にはない特徴で、西洋薬と漢方薬をうまくミックスすることで治療の幅がより広がることも期待できます。
【参考】参蘇飲(じんそいん)構成生薬:ハンゲ、ブクリョウ、カッコン、キキョウ、チンピ、タイソウ、ニンジン、カンゾウ、キジツ、ソヨウ、ショウキョウ、ゼンコ
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